髪を切るタイミングはよく考えて。

今日は子供と一緒に、予防接種を受けてきました。私にとっては一年半ぶりの注射です。病院独特の空気を察して若干怯える子供の手前、何でもない振りをして腕を差し出しますが、大人でも恐いものは恐いです。人体に針が刺さって、その針の中が空洞で、そこから薬品を注入するなんて、ちょっと理解出来ません。誰がそんな猟奇的な行為を「治療」と称して世界に広めたのでしょうか。因みに子供は当然、院内にその泣き声を轟かせました。まぁ小さい個人病院ではありますが、周囲を恐怖感に陥れるには十分だったかと思います。安心して下さい。また4週間後、二回目の接種があります。わが子よ、がんばれ。
そんな子供は、最近ジブリアニメの「となりのトトロ」が大変お気に入りの様子。どんなにぐずっていても、とりあえずトトロを観せておけば、たいてい大人しいです。トトロ様様です。先日行った「どんぐり共和国」を「トトロのお店」と言っていました。まぁ、強ち間違ってはいません。因みに、その時買ったのは「魔女の宅急便」のキキの指人形です。そこはトトロじゃないんだね。ところが、あまりにトトロが好きすぎて、今月に入ってからはほぼ毎日、そして一日中、トトロの録画を再生しています。もう見すぎて、全員のセリフ全部覚えました、私が。今なら一人芝居できます。そんな中、トトロに関して色々考えてしまうようになってしまいました。「トトロって獣?」「じゃあアレって毛皮?そうだとしたらフワフワ?ゴワゴワ?」「ちょっと待って、トトロの口ってめっちゃ臭そう。ってゆうかあの至近距離で。。。メイ大丈夫?」等々、実にしょーもないことばかりです。そういう触れてはいけないところに着眼してしまうようになったから、トトロにも会えないんでしょうか。トトロって子供の時にだけ会えるんですよね。そういう雑念を捨てれば、もしかしたら可能性も出てきたりしませんかね。質感とか口臭とか色々思うところはあっても、やはりトトロには会ってみたいです。
それはそうと、明日は大学友人の結婚式二次会にお呼ばれされています。その友人は学生当時からとても人望が厚い方なので、同輩はもちろん、先輩や後輩も沢山集まると思います。幸せそうな新郎新婦を見るのも楽しみですが、友人たちと会うのも同じくらい楽しみです。大学友人らと大勢で集まるのは二年ぶりかと思います。彼ら(特に同輩達)との付き合いは、かれこれ10年目になります。いつの間にか、在学期間より長い付き合いになっていました。そりゃあ歳もとるよなぁ~と、痛感します。友人らとはしょっちゅう集まるわけではありませんが、年に1回程度で集まる機会があります。さらに女性同士では二か月に1回くらいの頻度で定期的に集まっています。女性陣は私も含めて5名いますが、卒業後、皆それぞれ違う道を歩み、異なった環境で生活しています。育児に奮闘していたり、新婚生活を楽しんでいたり、お仕事をがんばっていたり、独身生活を満喫していたり。。。久しぶりに会ってお互いの近況を報告し合った時、やはり自分とは違う環境の人を羨む気持ちはあります。私も独身の友人のように、海外一人旅とかやってみたいです。(そんな度胸はありませんが。。。)でも、その気持ちが僻みになることはありません。それは、彼女たちのことが本当に大好きだからだと思います。先ほども書いた通り、それぞれ異なった日常を送るにも関わらず、集まれば学生時代と同じテンションとノリで関わり合えます。「母」でも「妻」でもない、ただの「私」として自分を解放できる関係とでも言いましょうか。これってすごく幸せなことですよね。私は大学で、一生の友人達を得たと思っています。彼女たちとはこの先も、ずっと同じように付き合っていけると思います。それこそ、今でこそ話す内容が育児や仕事のことでも、そのうち孫が生まれたとか、通ってる病院のこととか、飲んでる薬の種類のこととか。。。考えただけでそこそこゾッとしますが、また、楽しみでもあります。
そんなに楽しみにしていた二次会。毎日すっぴんで髪を振り乱して育児している私にとって、久しぶりに着飾って一人でお出かけする機会でもあります。カラーワンピースやバッグも、早々とクローゼットの奥から引っ張り出しておきました。それなのについ先日、何を思ったのか、ふと思い立って髪をバッサリ切ってしまいました。そして切ってから気づきました、二次会の日程に。「ちょっと待て来週じゃないか」と。相当なうっかりです。もともと自分でヘアアレンジするつもりだったのに、この長さに慣れていいないので、それができない。。。美容院を予約するのも、なんかイヤだ。自分がここまで残念な生き物だとは思っていませんでした。結婚式の主役は新郎新婦なので、誰も私の頭など見ていないと自己暗示をかけ、とりあえず、それらしく編み込みでもしておこうかと思います。明日は幸せをお裾分けしてもらい、月曜日からまた頑張りたいと思います。
そういえば、トトロって毛づくろいとかするんですかね。

ウイスキーの魅力と楽しみ方

ウイスキーはシブい大人のイメージがあり、ハードルの高いお酒だと思っている人も多いと思います。今回は、ウイスキー初心者の方でもお手軽に楽しめるウイスキーの飲み方や割り方、基本的な知識などをご紹介します。ぜひ、自宅などで試してみてウィスキーの魅力を発見してください。
ウィスキーとは
スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本の5カ国が世界的なウイスキー生産国として知られており、「5大ウイスキー」と呼ばれています。 国によって原料や製法、熟年年数などが定められていますが、一般には「穀類を原料とし、糖化、発酵のあとに蒸留をおこない、木製の樽で貯蔵熟成させてできたお酒」と定義されています。ウイスキーにはたくさんの種類がありますが、それぞれ異なった特徴を持っており、本来の味を活かした飲み方があるんです。飲み方によってアルコール度数が調整できるから、自分好みのスタイルで楽しむこともできます。ウイスキーは水を加えることによって、温度はもちろん味や香りも全く異なるものになります。
また、ソーダやジュースなど、お好みの飲み物でも割ることができるので、無限に楽しめることができるのもウイスキーの魅力のひとつであります。
ウィスキーは長持ちするお酒
ウィスキーは非常に長持ちするお酒です。早めに飲み切るに越した事はありませんが、開封しても数年くらいは持ちます。あまり多く飲まない方でも、数年かけてゆっくり、飲みたい時に飲んでいいのです。なお、保管に際しては日光の当たらない、涼しい場所に保管して下さい。お酒は紫外線に弱いものなのです。そして、ウィスキーは開栓当初から徐々に味が変わってきます。アルコールの揮発によるものもあるでしょうが、味がこなれてくると言われます。初めは口当たりが強いと思う物でも、徐々にマイルドになり、やがてとてもおいしいと思う瞬間が来る事もあります。一度飲んでおいしいと思えなくても、しばらくしてからまた試してみましょう。
分量について
実際にウィスキーを店で注文した際に、店員さんから「シングルですか?ダブルですか?」と聞かれます。これはウィスキーの分量を確認しているのです。作り方でシングルと呼ばれる量は30ml、ダブルはその倍で60mlが基本の分量となります。計測の方法は、正確に軽量カップではかる方法もありますが、グラスに指をあててはかる簡便法もよく使われています。普通のタンブラー(240mlくらい)では、おおよそ底から指1本分でシングル、指2本分でダブルの量になります。
ウィスキーの飲み方
それでは、ウイスキーの飲み方についてご紹介します。みなさんも好みの飲み方をみつけ、ウイスキーの虜になってください。
トワイスアップ
そんな複雑な香りと味を理解するには、トワイスアップという飲み方が最適です。これはウィスキーと常温の水を1:1で割るだけ。氷は入れません。こうすると濃厚なウィスキーの成分が優しくマイルドになり、分かりやすい味わいになります。香りも立ち昇りやすくなります。
オンザロック
オンザロックという飲み方も一つの方法です。グラスに氷を入れてウィスキーを注ぐだけ。こうすると冷たく飲みやすくなります。少し時間を置けば、段々と氷が溶け出し、マイルドになっていきます。時の変化を楽しむ事もできるでしょう。
チェイサー
もちろん飲み方は人それぞれの嗜好があります。こうしなければならないという決まりはありません。ただ、ストレートやロックで飲むならチェイサーを添えると良いでしょう。これは主に水ですが、度数の強いお酒の後に水を飲む事で、舌のヒリヒリを抑え、アルコールで麻痺しがちな味覚をリセットしてくれます。
水割り
食事中やゆっくりくつろぐ時間のおともにぴったりなのがウイスキーの水割りです。基本的な割合は、ウイスキー1に対してミネラルウオーターが2~2.5と言われています。水がウイスキーの個性をやわらかく包んでくれるので、飲みやすいです。
ハイボール
既に大衆的となっているハイボールはウイスキー本来の味わいとコクが際立つので、お料理の味も引き立ててくれる飲み方です。ウイスキーとソーダの割合は1:3がおすすめです。あまりと混ぜると、せっかくのキリッとした口当たりが損なわれてしまいますので、気をつけましょう。ソーダ水以外にもジンジャエールやコーラといった炭酸ガスが入った飲み物で作ってもおいしく楽しめます。
ホットウィスキー
80℃前後のお湯をウイスキーの倍ぐらい注げば、ホットウイスキーの完成です。グラスはあらかじめ、お湯であたためてからウイスキーを注ぐようにしてください。また、レモンなどの柑橘類との相性も良いのでトッピングも多く、いろいろな楽しみ方で飲めるから、疲れたときは甘さを増してゆっくりと飲むのもおすすめです。
ホットウィスキーカウ
ホットミルクでウイスキーを割った、優しい味わいのカクテルです。本来はラムでつくるホット・バタード・ラム・カウをアレンジしたもので、あっさりとウイスキーが味わえます。
グラスに温めた牛乳と砂糖を注いで、溶かします。 砂糖が溶けたらウイスキーを注いで、軽く混ぜれば完成。お好みでクローブやシナモンをトッピングしてください。
カウボーイ(牛乳割り)
アイルランドやスコットランドで昔から親しまれ、飲まれてきたお酒のひとつである牛乳割りは、カウボーイと呼ばれています。従来の「カウボーイ」はバーボンウイスキーと生クリームのカクテルで、まろやかな風味が人気の割り方です。
ミルクのやさしくてなめらかな口当たりと、ウイスキーの風味のバランスが抜群で、思わずたくさん飲んでしまうから要注意。ウイスキーの量を調整しながら、お好みの濃さを見つけてください。
アイリッシュコーヒー
1940年代後半に、アイルランド西海岸にあるシャノン空港のレストラン・バーのチーフバーテンダー、ジョー・シェリダンが考案したアイリッシュ・コーヒー。名前の通り、ウイスキーはアイリッシュウイスキーを使います。
名前は変わってしまいますが、ほかのウイスキーでもおいしく作ることができます。スコッチを使って作ればゲーリックコーヒーに変貌します。
作り方は意外と簡単で、温めたワイングラスに砂糖を入れて、熱いコーヒーを注ぎ、ウイスキーを入れたら、仕上げに生クリームをフロートするだけです。
メープルシロップ割り
ウイスキーとメープルシロップを3:1の割合であわせたメープルシロップ割りです。メープルの甘さのバランスが良く、さっくりと飲めます。暑い日は氷を入れたグラスでロックに。寒い日にはホットウイスキーにすれば、体の芯まで温まる一杯になります。 レモンを加えるとより香りが豊かになるのでオススメです。
どんなお酒でも酔い過ぎは禁物ですが、ウィスキーは特に穏やかに酔いが回ります。とても気持ち良い気分になりますが、それだけにぐいぐいとやりたくなってしまいます。一人の時は誰も止める人がいませんので、十分注意しましょう。
ウィスキーの楽しみ方は人により千差万別です。気に入った一本をひたすら飲み続ける。いろんな種類を飲み比べて違いを楽しむ。そして、飲み方には人それぞれのスタイルがあり、絶対にこうでなければならない、という決まりはありません。まずは一杯飲んでみましょう。気づけばあなたもウィスキーの魅力の酔いしれることになるかもしれません。

私の患者さん

あの患者さんを、担当して約1ヶ月がたったなかぁ。
最初脳の視床下部の出血の患者っ聞き、CT画像を見せてもらって、まあ、言語とかは大丈夫そうだと思っていたけど、あそこまでテストの点数取られちゃうと私がリハビリ担当する理由がなくなって来るなぁ、結構難しいの出してるんだが、クリアして来るなぁ。
確かに左手と足には麻痺が残っているから手足に関してはリハビリ続けないとだめだけど、言葉や脳機能には問題ないなぁ。
でも。最近はなんか悔しい、出す問題出す問題、直ぐに正解しちゅうし、悩む顔が見たい。
でも、あの人いろんなことを知っていて話が面白し、こをんな病気に突然なったのに、しっかりしてる、自分を見失うもんだけど、前向きでしっかりしてる、いじめたくなるわぁ。
あ〜困った顔が見てみたい。
私も旦那と結婚して数ヶ月、新婚だけど、ふとした拍子に考えてるのはあの患者さんの事なのよねぇ。
就職に向けても諦めてないし、応援したくなるよねぇ、あの手の人は、なんとかしてあげたいけど、私は私の範疇以外は全くわからないし、とりあえず一般生活に復帰するには、私の担当の脳に関しては私の予想を超えた正解率で来るから・・・
あー面白くない、もっと私が必要とされたいのに、何でもクリアしやがってぇ。
でも、なんであんなに幅広くしかもある程度深く知っているんだろう。不思議な人なんだよなぁ。
きっと経験が豊富なんだろうなぁ。
そう考えると、過去の記憶が残ってて良かったし言葉をなくしてなくて良かったよなぁ。
私の出番がないけど
あー、このままじゃ私の担当から外れちゃう、嫌だなあ、担当外れたくないなぁ
何か彼が弱いとこを見せてくれれば、そこから、私の、必要性を見つけ出せるかも、
頑張って、みつけるかぁ
そのためには、攻めて行かないとなんだけど、あんまりキツイことばかりやらせると嫌われないかなぁ、とか感構えてたら、彼から、先生じつはSでしょ?とか言われタァ、当たってるかも、自分でも今まで気がつかなかったけど、私、Sだわ(;ω;)
新発見、私が見つけなきゃいけないのに、私が見つけられてどうするの?
ねぇ、貴方何物?
確か私の患者よね、変わった人、長くはなしてたいなあ。
絶対に担当から外れないような頑張らなきゃ。
あれ?
なんで私がこんなに頑張らなきゃいけなくなってるの?
ヤッパリ不思議な人だなぁ。
明日は、このテストとこのテストを試してみよう、これは流石になやんでくれるよね。
って思ったら、あっさり正解だしやがんの、マジつまらない、少しは悩めよ、病人だろ?
同じ病気のじいちゃんばあちゃんは皆んな、難しいねぇって出来ないんだよ、なんでクリアしちゃうかなぁ
もうそろそろ出すテストも無くなるし、全部標準より上出されたら、確実に私のリハビリ終わりじゃん。
だめだよそんなの、つまらないから、終わらせたくないよぉ
なんでIQ130もあるわけ
(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
もぉ〜キーッって感じ。

弱点みつけたぁ
やっと現れたなあ、弱点様よ
再就職に向けてPC触るたいわけだね
でも、左手が上手く動かない、左手は専門のリハ打倒がいるから、それはそれたまけど、PCを上手く使う手段を考えるのは私の範疇だ^_^
やっと彼の役に立てそうだ。

あれ、なんで私、こんなに彼の事考えてんだろ、そう言えば足の担当者も似た事言ってたなぁ、ほっておけない、いかに楽な生活が出来るかをふと気付くとあの患者さんの事かんがえてるよねぇ
って、
本当に不思議な人なんだよねぇ、

まあ、パソコンと言う弱点も見つけたし、攻めていきましょうかね
って思って聞いたら、プログラマーって、専門家じゃん、手出しできへんわ(;ω;)(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
またしても、私の知らない事を私が教わる毎日、ダメダメだよ私
とほほだよ(´;ω;`)

でも、今日、彼から
先生がいてくれて、助かってます

楽しいし、先生の時間無くさないで下さいねって言われタァ
これで、患者さん希望になったので、私のリハビリの継続は安泰。
そうかあ、これをはなから画策しておけば楽だった、失敗失敗、
でも、まあ彼の事沢山知れたし面白かったし、まだまだ時間は続くし、多分彼にはまだまだ引き出しが有るから全部拝見させてもらいましょうね(^ν^)
楽しみだなぁ
早く明日の彼のリハビリの時間が来ないかなあ( ^ω^ )
結局、私がいろんなこと教わっているんだなぁ、楽しいなぁ。
彼のお話の合間になんのテストやろうかなあ、前やったやつの一つ上のランクの奴やろうかなぁ、私もアレ苦手なんだよなぁ
病気出ない私が苦手な物を患者さんにさせるとは、私はやはりSでしたのね。
オホホ。
楽しいからまぁいいかだわ。
早く明日になあれ、今度こそ彼の困ったかおが見れますように
(^_−)−☆
念のためもう一問用意しておこう、クリアされたらくやしすぎるからね。
ヤッパリもう2問用意しておこう、あまりハードだと、疲れちゃうから注意しなきゃね。

新聞のコラムを読む

社会の窓は新聞による。これは母方の祖父が遺した言葉です。明治の半ば生まれの祖父の世代にとっては、この世界で起こる事象を知るための手段としては新聞や書籍に頼る他は手段が無く、けだし名言だと思うのです。片や現代。活字離れが急速に進んでいることに異議を唱える人は居ないでしょう。しかし、現代でも文字の文化に対する憧れは完全には消え去ってはいません。要するに形を変えて、この社会のあちらこちらに存在しているのです。
私の最近の日課は新聞のコラムに目を通し、それを文章として打ち込むことに励んでいます。「今さら新聞なんて」。こう思う人も居られることでしょう。しかし、文明開化から既に一世紀半が過ぎた現在でも、購読者数こそ確かに減少はしているものの、現実に世の中に対する影響力は保持していることを軽く考えることは禁物です。その間に培われた様々な智の蓄積はいろんな意味で社会へ貢献していることを忘れてはならないのです。その一例が新聞の顔である社説です。
言うまでもなく新聞の価値は政治面と社会面にあります。娯楽性を追究したスポーツ新聞の類でさえ、社会で実際に起きた出来事を大きく報じることもあり、あらゆる階層の読者にとっても深く意識しなくても重要であるということは明白な事実なのです。私も以前は社会面、それも訃報の欄から読み始めていましたが、文章を勉強する手段として、新聞のコラムを書き写すという作業に行き着いたのでした。
まず字数が制限されているので、構成力が必要であること。だらだらと長い文章を書くことは時間と根気さえあれば誰にでもできることですが、要約して世の人々の共感を生む、“名文”を作成するのにはそれなりの知識と表現力が必要となります。さらに同一文でなるべく同じ表現を繰り返さないこと。これも重要なことで、くどくどと同じ字句が連なるとどうしても文章が冗長に成ってしまいがちになるのです。読んでくれる人にとってはこれは避けたい事柄です。そして時機を確実に掴んだ話題性に富むこと。これは読者の知りたい事柄をタイムリーに選ばなければならないので、書き手の選択するセンスが問われるのです。ここが肝要ですね。テレビニュースがそうであるように新聞のコラムも見比べてみると同一のネタが同一の日付で書かれていることが意外と多い。これは社会性を鑑みてのこの業界の独特の統一ルール(あるいはそれに近い物)の影響ももちろんあるでしょう。でもそこは社会の公器。それぞれの社風に沿った論調で鋭く解析して読者を唸らせてきました。舌鋒鋭く、ある時は批判、またある時は擁護して、社会の様々な出来事をわかりやすく解説して来た実績が、それぞれの新聞のコラムにはありました。その伝統は現在にもつながっているのです。
もちろん新聞にも誤謬はあります。時の政治力に影響されて、現在では恥ずべき行為とされている手段を実施したことも過去には確かにありました。これは別に当時の社会情勢を庇護することでは決してありませんが、“必要”とされてきた社会的な認識が当時と現在とでは異なっていることを看過すべきではないこと忘れてはならないでしょうか。私が学生だった頃、必要に迫られて過去の新聞記事を苦労して探した(その当時はネットはまだ存在していません)ことがありましたが、使用されている漢字も書体も語句も四角四面であった、ということをよく覚えているのです。単純に比較はできないでしょうが、これは文語と口語の違いのように思えました。典籍を基に日々学問という精進に明け暮れた世代の青春と、テキストを片手に効率良く受験勉強に明け暮れた世代の青春との差異と言えば理解していただけるでしょうか。大仰な表現ではありますが、要するに新聞自体も時代と共に変化し続けているということなのですね。こういう図式を頭の隅に入れておいて、図分なりの“比較人類学”を構築することも意外と楽しいことなのですけれど。
さて、これからが本文です。書き写す行為について私は自分なりのルールを設けて実施しています。時間を記録する。誤字脱字を徹底的に学習し直し、完璧な書き方を覚える。新たな用語をマークして、必要に応じてマスターする。そして新聞独特の書き方と、清書する前の文章とを比較して、その誤りを見出して、善きことを学び悪しきことを改めるなどなどを。
目的を持ってことに当たれば存外の発見につながることも実に多い。何も文章の書き写しは今に始まったことではありませんが、意識・無意識によらずこの私の文章の表現力の助長に役立ったことには間違いはありません。こういう、“活きた”勉強法が社会に出てどれだけ役に立ったことか。形に捉われない勉強を生み出した爽快感を現在でも常に感じています。これは私だけの誇りなのですよね。
実際に画面に向き合って出来上がった清書前の文章と、原文を比較する時は現在でも緊張するのですが。さまざまな試行錯誤を経て自分なりに工夫した文章の比較方法の判定が出る時が来ました。さて、今回は…。「99.6%」でした。惜しい。漢字の誤用ではなく、( )類の使い分けのミスでいたが、未だに満点の快感には遭遇できないことが実に残念です。常にパーフェクトとなることが理想ですけど、遠くて近いような気がしますよ。
最後に。著作権の侵害に発展するような行為にならないように、理性を以て行うことがこの種の訓練方法に不可欠であることを書き記しておきます。

LITALICOワンダー

上から目線の後輩にイラっとした話

私には、持論があります。それは、昭和生まれと平成生まれには、埋めようのない溝があるということです。特に仕事現場において、その差は歴然としています。
昭和生まれの私にとって、仕事は自ら動いて覚えるものだったし、先輩が何かしていたら積極的に「手伝うことはありませんか?」と聞いていました。先輩が忙しくて仕事を教えてもらえない時も、先輩のそばで仕事を目で見て覚えてきました。
ですが、最近の若い子にはそのような傾向が全くみられません。基本的には、指示待ち傾向が強いです。何か指示されるまでは全く動きませんし、指示されたことしかやりません。初めは若いから仕方ないのかなと思っていましたが、若いと言っても平成の初めの方に生まれた人はもうアラサーです。偏見かもしれませんが、このような勤務態度の違いが現れるのはちょうど昭和生まれと平成生まれが境目だと思っています。
平成生まれの子で、指示待ちしかできなくてもまだましな場合があります。自分が指示待ちしかできないことを理解している人です。そのようば場合は、指示がない間、どこか申し訳なさそうな顔をして所在なさげに過ごしています。こちらが「何もすることなかったら声をかけてね。」というと、「忙しそうだから声をかけてはいけないと思っていました。」という子も多いです。「大丈夫だから、次から声をかけて。」というと、このタイプのこはどんどん声をかけてくるようになり、いつの間にか自分で仕事を見つけることができるようになります。
一番やっかいなのは、支持を先輩が与えるのが当然と思っているタイプです。このタイプの人は、指示がなくて自分が手持無沙汰なことに怒りを覚えるようです。「先輩が何も言ってくれないから新人なのに何もわからない。」「教えてくれない方が悪い。」という態度です。そのうえ、仕事がないことをラッキーと思っている人もいます。みんなが仕事をしているのにさっさと帰るので、「どうして帰るの?」と聞くと、「自分の仕事ではないので。」と平気で言います。自分の仕事も何もないような新人の時からこのような態度です。多くの上司が最近の若い子のこのような言動に辟易していますが実際には注意ができないのが現状です。なぜなら、少しでもこのような若い子を注意するとすぐにパワハラだと訴えられてしまうからです。それを恐れて、先輩も上司もおかしいと感じながらも泣き寝入りをしています。
このような職場環境のため、当然後輩たちは図に乗っていきます。自分達が会社のために働いてあげているんだというような態度になる人も少なくありません。
私の直接の後輩もこのようなタイプです。楽な仕事しか選ばないくせに自分が一番仕事ができていると勘違いしています。面倒な仕事や難しい仕事は先輩や同僚に押し付けておきながら、その仕事で四苦八苦している人たちを小ばかにした目で見ています。
私は、昨年まで正社員として働いていましたが、出産をして一度退職。その後、人手不足ということでパート社員として復帰をしています。パートとはいえ長年この会社で働いてきたので、みんなそれなりに敬意を表してくれています。ですが、この後輩だけは違います。私がパートというだけでかなりし下にみてくるのでイライラすることばかりです。先日も、会社で終業後に研修会があった時のことです。私はパートなので参加しませんが、正社員は全員参加の研修会です。私の部署が会場になっていたため、みんな遅刻が許されない状況でした。私は、普段から子育てがあるため、就業後はさっさと帰宅していたのですが、その日はけんしゅうもあるため、なるべく他の社員ともおしゃべりせずに帰ろうと思っていました。すると、後輩が私の方に来て、「今日は、みんないそいでいるから、終わったらさっさと帰ってね。」と言ってきたのです。8歳も年下の後輩にため口でしかも生意気なことをいわれて驚きで呆れてしまいました。「それは、だれか上司がそう言っていたの?」と聞くと、「そうじゃないけど、今日はみんな急いでいるから。」と。何様のつもりなんだろうと本当にびっくりしました。他にも、何か頼むことがあっても「やっといて」とまわしてきたり、「今日は、休みかと思った。あなたのシフト把握していないし。」など、わざと私を怒らせるような言動ばかりしてきます。
それでいて、まわりからは、「後輩ちゃんに懐かれているね。」などと言われるので、もしかしたら向こうは親しみを込めて私に接しているつもりなのかもしれません。
世代の違いと言われてしまえばそれまでなのかもしれません。逆に向こうからみたら私の方が古臭くてつきあいきれないと思っている場面もあるのかもしれません。それでも、社会人としての常識が、こんなちょっとの世代の差で変わるものなのかと不思議でなりません。平成と昭和の間に何があったのか、本気で調べてみたら面白いんじゃないかなと思っています。

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